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大阪地方裁判所 昭和34年(行)45号 判決 1966年3月14日

大阪市此花区四貫島梅香町一二番地

原告

綱野たまえ

右訴訟代理人弁護士

松本健男

東中光雄

宇賀神直

右訴訟復代理人弁護士

東垣内清

同市大手前之町一番地

被告

大阪国税局長

近藤道生

右指定代理人

吉田周一

叶和夫

堀尾三郎

風見源吉郎

藤原末三

右当事者間の所得金額取消請求事件につき、当裁判所は、昭和四〇年一〇月二六日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立て

(原告)

被告が原告に対し同三四年四月三日付で原告の同三二年度総所得金額を四九二、六〇〇円としてなした審査決定中、原告申告額三八〇、一一一円を超過する部分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二、請求の原因

一、原告は、同三三年三月一五日此花税務署長に対し、同三二年度総所得金額として三八〇、一一一円の確定申告書る提出したところ、同署長はこれを六二六、八〇〇円に更正の決定をしたので、原告はこれを不服として同署長に対し再調査請求をしたが、同三三年九月六日棄却された。

二、よつて原告は、被告に対し審査の請求をしたところ、被告は同三四年四月三日付で「再調査の決定を取消し原処分を一部取消しする」旨の決定をした。総所得金額につき、原決定の一部一三四、二〇〇円が取り消され、審査決定額は四九二、六〇〇円となり、右による税税額は四九、七八〇円となつた。原告の申告額による税額は一四、三八〇円であるからその差額は三五、四〇〇円である。

三、しかし、原告の同年度における所得金額は確定申告のとおりであつて、被告の審査決定額は著しく不当であるから本訴に及んだ。

第三、被告の答弁および主張

一、請求原因一、二の事実は認めるが、同三の事実は争う。

二、本件審査決定は、以下の理由により適法である。

1  原告の事業

原告は肩書地(住吉商店街に属する繁華街である。)において、喜栄商店の屋号をもつて洋品雑貨の小売業を営んでいる。

2  所得推計の理由

原告は同三二年分の営業に関する帳簿書類として、同年三月以降の金銭出納帳を所持するほかは、仕入に関する同三二年三月ないし一〇月の間の伝票および領収書類ならびに一部経費の証拠書類を保存しているのみである。しかして、右の金銭出納帳は、現金と、住友銀行四貫島支店の原告名義当座預金とを合計して記帳したものであるから、金銭出納帳の残高は、常に当座預金の残高に手許の現金を加算した額と、合致しなければならないにもかかわらず、当座預金の残額のみにも満たない金額となつている日が多数みうけられるとともに、記帳の内容についても、その仕入関係の記帳は、支払先ごとに支払金額を明記する方式をとらず日日の支払金額を一括して計上しているため、どこへいくらの金額の支払いをしたかが明らかでない。また、原告は同三二年一二月五日マルハ産業株式会社へ現金三〇、〇〇〇円の支払いをしているにもかかわらず、金銭出納帳にその旨の記載がないほか、仕入先に小切手で支払つているにかかわらず記帳されていないものがある等、とうてい正確なものとは認め難い。仕入先に対する支払いの記帳に右のような脱ろうがあり、その他にもテント代金支払記帳もれ等があるから、営業以内に入金の事実がない以上(借入金の記帳はあるが年内に返済の記帳をしている)記帳売上金額にも脱ろうがあることは明らかであり、金銭出納帳の記載はこの点からも正確なものとはいえない。

原告の営業において、売上はほとんど全部が現金売上であり、仕入もまた大部分が現金仕入であるから、原告の事業所得を正確に算定するためには、右の金銭出納帳の記帳が、年間を通じて、日々正確になされていてこそはじめて可能なものである。しかるに、原告の金銭出納帳の記載ならびにその他の書類の整備は、極めて不完全であり、このことは、次表のとおり、原告の収支計算書が確定申告のときに提出したもの、再調査請求書に添付したもの、および審査請求書に添付したものとその都度内容が著しく変つていることからしても明らかであるから、被告は、原告の所得金額について、推計による課税を行う外はなく、次の3に記載のとおり推計計算を行つたものである。

原告提出の収支計算書比較表

<省略>

3  被告の計算

(イ) 平均たな卸高

原告は、係争年分の期首たな卸高を

<省略>

と記載し、また同期末のたな卸高については、

<省略>

と記載している。

右のように原告計算の期首、期末のたな卸高は、計算書の提出のたびごとに異り、いずれも正確なものであるということはできないが、被告の調査の際の在庫の状況からみて、実状に近いものと認められるので、右の表から年間平均たな卸高を推計すれば五五九、七七三円ないし六七〇、九七七円となる。

算式

(461,088円+658,459円)÷2=559,773円

原告記帳の最小期首たな卸高 原告記帳の最小期末たな卸高 (最小平均たな卸高)

(525,000円+816,954円)÷2=670,977円

原告記帳の最大期首たな卸高 原告記帳の最大期末たな卸高 (最大平均たな卸高)

(ロ) 売上高

大阪国税局作成の同三二年分所得業種目別効率表(以下効率表という)によれば、洋品雑貨小売の在庫高(年間平均たな卸高)一、〇〇〇円当りの年間売上高は六、四〇〇円であり、原告の営業状況は、ほぼこの標準に適合するものと認められるから、この率を採用し、(一)において算定した平均たな卸高の最小の額五五九、七七三円に、六・四を乗じて売上高を算出すると、三、五八二、五四七円となる。

算式

559,773円×6.4=3,582,547円

(平均たな卸高)(回転率)(売上高)

(ハ) 算出所得額

原告記帳の仕入および必要経費は、売上高と同様信びょう性がないので、被告は大阪国税局作成の同三二年分営業庶業所得標準率表(以下標準率表という)の、洋品雑貨小売(総合)の所得率二〇%を適用して、算出所得額を次のとおり、七一六、五〇九円と算定した。

算式

3,582,547円×0.2=716,509円

(売上高))所得率)(算出所得額)

(ニ) 特別経費

右の所得率によつて算出した所得額は、特別経費を控除する前の金額であるから、被告は、原告の特別経費として、次のとおり一三九、五三〇円を控除した。すなわち、原告は、雇人費として、確定申告の計算書には六〇、〇〇〇円、再調査請求書添付の計算書には七八、五〇〇円、審査請求書添付の計算書には、一二八、五〇〇円と各記載しているが、被告の調査によると九二、〇〇〇円が正当であるので、この金額を必要経費として控除する。家賃については、支払額六〇、〇〇〇円の七〇%を必要経費と認める。この金額は四二、〇〇〇円である。貸倒金については、原告の計上額五、五三〇円を全額認容する。なお、原告がアーケードとして計上している四七、五〇〇円は係争年分の必要経費とはならないものであるから否認する。

(ホ) 所得金額

算出所得額七一六、五〇九円より特別経費一三九、五三〇円を控除すれば、原告の同三二年分の所得金額は五七六、九七九円となる。

4  被告は、原告主張の所得金額が正確なものでなく、推計計算をせざるをえない理由について、さらに次の主張を補足する。

(イ) 火災保険料

原告は火災保険料として九、六〇〇円を計上しているが、原告には火災保険契約の事実がないから、右金額を経費として控除した確定申告はこの点においても正確なものということはできない。ただ、原告と同一住所の綱野雅章なる者と日動火災保険株式会社との間には、次のとおりの火災保険契約(乙八号証)がある。

<省略>

かりにこの契約のうち商品に対する保険が、原告の商品を対象とするものであり、かつその保険料を原告が負担したとしても、係争年分の必要経費に算入される金額は三、〇三四円に過ぎない。

すなわち八六〇、〇〇〇円の契約分については、そのうち商品に対する保険料月額三〇〇円の四ケ月分(一月ないし四月)に当る一、二〇〇円と、五〇〇、〇〇〇円の契約分については全部が商品に対する保険料であるから年額二、七五〇円の八ケ月分(五月ないし一二月)に当る一、八三四円(<省略>とを合計した金額三、〇三四円である。

(ロ) 金銭出納帳

原告の金銭出納帳は、記帳もれや不実の記載が多数存在し、正確に記帳されたものと云うことはできない。

A 右金銭出納帳は、通常の記帳方式と異なり、現金と住友銀行四貫島支店の原告名義当座預金とを合計したものを記帳した特殊なものであるから、本人の現金を当座預金に入金したり、或いは或当座預金を本人が小切手により現金化した場合のように、それが単に現金と当座預金相互間の出入りにとどまる場合は、その記帳を省略することができるが、その余の現金、当座預金の入、出金については例外なく右金銭出納帳に記帳されなければならない。

従つて、仕入代金の仕払など外部への出金は、それが現金による場合であると小切手による場合であるとを問わず、必ず金銭出納帳の出金欄に記載されなければならない。しかるに、右金銭出納帳には、別表一のとおり仕入先へ原告名義の当座預金(乙一二号証)から小切手で支払われているにかかわらず右金銭出納帳の出金欄にその記載ないもがの、ならびに原告の仕入先マルハ産業株式会社の売掛帳(乙一〇号証)に入金の記載があるにもかかわらず右金銭出納帳の出金欄にその記載がないものなどが相当あり、係争年分の記帳期間(三月から一二月)を通じてその記帳洩れは実に二二件、金額にして二六一、三七五円の多額に達するのである。

なお、原告は、さきに被告が記帳洩れであると主張した同三二年一二月五日付のマルハ産業株式会社への三〇、〇〇〇円支払は記帳されており被告の見落しであると反論するが、原告が記載されていたという三〇、〇〇〇円は同三二年一二月二九日付のものであつて被告が主張するものとは異なる。被告がさきに主張した同三二年一二月五日付の三〇、〇〇〇円の支払が記帳洩れになつていることは明白である。(乙一〇号証、一一号証参照)

普通預金の記帳洩れ。

原告に関する普通預金は、原告本人および照美(長女)に信隆(長男)の三名義に口座を分けて預金されているが(乙一三号証の一乃至三)、これらの入金状況を一見すれば判るように、右金銭出納帳の記帳期間たる三月から一二月までの間に二、〇〇〇円ないし三五、〇〇〇円の相当まとまつた金額が各人の普通額金口座に一旦入金されたうえ、その大半がまた各人の定期預金(乙一四号証)に振り替えられているのである。しかしながら、右普通預金の入金額一六四、一三〇円(三月から一二月までのうち利息を除いた金額の合計額別表二のとおり)に見合う現金若しくは当座預金の出金は、右金銭出納帳にもまた原告名義の当座預金(乙一二号証)にも全く記載されていない。また、右金銭出納帳に原告の家族三名(本人、長女、長男)の生活費として記帳されている金額は記帳期間(四月から一二月)を通じて二〇一、〇八〇円であるから、平均一ケ月当りの生活費は二二、三四二円に過ぎないことになる(別表三参照)。しかし、右生活費の範囲内では家族三名の生活費を支出し、更に、右別表二記載の一六二、〇五五円に及ぶ多額の普通預金をすることは不可能である。

また、原告は、営業以外の収入として主人の恩給(公務扶助料)があつただけであり、それも子供のために全部貯金していたのであるから、係争年中の公務扶助料金四〇、八四四円「(乙一五号証)には半年分の支給済額しか記載がないので、一年間では右支給済額の二倍と推定する。(10,411円+10,011円)×2=40,844円)」以外には普通預金をするための預金源はない筈である。

従つて、原告が右公務扶助料支給済額四〇、八四四円の全部を当該普通預金に入金していたと考えても、なおそれを上廻る部分の普通預金の入金額一二三、二八六円(164,130円-40,844円=123,286円)については、入金に見合う預金源と預金事情が認められないから簿外売上金による預金入金と推定するほかはない。

原告の自認する記帳洩れ、

原告の生活費は帳簿上毎月一回程度まとまつた額が支出されたように記載されているが、実際にはそうでなく、毎日の売上金の中から総菜代を出し、店の費用と生活費とを何ら区別していなかつたのである。また、日々の売上の計算にしても店を閉めて最後に残つた現金を売上金としていたことがうかがえるのであり、その他借入金についても帳簿につけたりつけなかつたりしていたのである。このような状態では金銭出納帳に必要不可欠な現金管理などとうていできる訳はなく、原告に正確な帳簿の記載を望むこと自体が無理であつたと言える。

以上(A)、(B)、(C)に述べた事実だけを見ても、原告の金銭出納帳の記載が正確なものでなく、措信するに足らないものであることが判るのである。

(ハ) 原告主張の所得金額は根拠に乏しい。

原告は、請求原因三項において、原告の同三二年分の所得金額は確定申告書のとおりであると主張するが、原告が確定申告における計算の基礎として、右申告書に添付して提出した損益計算書(乙一号証)の内容には、消耗品費のように、その後原告自らが過大と認めた不相当な経費が計上されていたのである。すなわち原告は、当初右損益計算書に消耗品費の額を二〇一、九〇五円と記載していたが、誤記であることを自認し、同三八年一一月一二日の二七回口頭弁論期日において「消耗品費は四九、四四〇円である」と訂正するに至つた。被告は、原告の右消耗品費を四九、四四〇円也とする主張を援用し、右損益計算書にもとづき原告の所得金額を算出すれば金五三二、五七六円となるから、これだけでも被告のなした審査決定額(四九二、六〇〇円)をはるかに上廻る結果となる。

これをみても原告主張の所得金額がいかに根拠に乏しく、かつ主張額自体において失当であるかが判明する。

(二) 被告の推計課税に違法はない。

所得金額を認定するに当つては、当該納税者の帳簿を資料とすべきことは云うまでもないが、原告の金銭出納帳が正確なものでなく措置し難いことは前述したとおりであるから、被告が、原告の記帳に基づかないで、より合理的な方法により原告の所得金額を推計したことは何ら違法でない。

効率および標準率の適用に誤りはない。

原告は、被告が本件において抽象的一般的数字である効率および標準率を機械的に適用した誤りがあると主張するもののようである。

しかし、大阪国税局作成の「同三二年分所得業種目別効率表」(乙四号証)および「同三二年分商工庶業等標準率表」(乙五号証)(以下単に効率および標準率という)は、大阪国税局が毎年管内税務署から各業種目について、それぞれの表の作成に必要な一定数の標本資料を普遍的に収集したうえ、これらの資料に数理統計学的処理を加え標準値を算出して作成したものであつて、信頼し得る合理的なものである。また、これらの効率および標準率を適用して収入金ならびに所得金額を算定してもそう大きなまちがいはなく、現にそれほどの問題は生じていない。

よつて、納税義務者の営業に特段の事情のない限り、右効率および標準率を適用して当該納税者の収入金額、所得金額等を推計することは何ら不合理ではない。

そこで、原告の営業について、その適用を妨げる特別の事情があるかどうかを考えてみるに、そのような事情は全然考えられないのである。なんとなれば原告の店舗は、四貫島商店街の、しかも電車道から四、五軒入つた繁華街の入口に位置し、附近はシヨツピング・センターであるので場所的に良好なことは証人村上弘の証言より明らかである。また、営業に従事していたのは原告本人のほか長女照美と雇人出口信子の三人であり、特に年末繁忙時にはアルバイト三名も雇つていたのであるから人手に不足がなかつたことが認められる。そのほか在庫商品にしても、原告が確定申告の際提出した損益計算書(乙一号証)によれば、係争年分の期首たな卸高は四六一、〇八八円、期末たな卸高は六五八、四五九円と記載されている。これより計算すると平均たな卸高は五五九、七七三円となり、洋品雑貨小売商としては在庫商品は比較的多かつたことが判る。

以上のように本件原告の営業には、店舗の位置、従事員数および在庫商品等いずれの点からみても他の同業者に比べて特段の事情があつたものとは考えられないのである。

(ホ) アーケード分担金。

一般に所得金額を計算する場合、事業を営む者が事業所得の総収入金を得るために支出した費用(資産の取得価額に算入される費用及び前払費用を除く)で、その支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶものは、繰延費用と考え、当該支出の効果の及ぶ期間を基礎として当該経費のうちその年に対応する部分の金額をその年分の必要な経費に算入するのを原則としている。

商店街において共同建設するアーケードの負担金は、正に右の場合に該当するのである。アーケード建設のための費用は、その支出の効果が相当期間に及ぶので会計上では五年の期間に償却するのが通例である。本件の場合、アーケードの竣工は同三三年三月三〇日(乙九号証参照)であるから、当該負担金の償却はその竣工の日から開始することになるのである。アーケードの分担金は支出の都度経費として処理し得る旨の原告の主張は失当である。

(ヘ) 仮に、被告の右第一次的主張に理由がないとしても、予備的に左のとおり主張する。

原告は、同三二年度の所得金額を確定申告のとおりと主張しているから所得金額は三八〇、一一一円その内訳は前記二、2において原告提出の収支計算書比較表の「確定申告書に添付したもの」の段に記載してあるとおりであるが、そのうち消耗品費二〇一、九〇五円は原告において、金四九、四四〇円とその主張金額を訂正されたから、被告は、この原告の主張を援用し、訂正された金額で所得金額を計算し(即ち差額金一五二、四六五円が所得として増額する。)更に、原告の申告は青色申告ではないから専従者給与四八、〇〇〇円の計上を否認すると、原告の所得は五八〇、五七六円となる。従つて、その金額の範囲内でなされた本件審査決定は適法である。

因みに、原告主張の所得金額をすべて認めても前記(ハ)において詳述したとおり、その所得金額は五三二、五七六円となるのである。しかるに本件審査決定額は四九二、六〇〇円であつて、原告の主張される所得金額より低額なのであるから原告に有利にこそなれ、原告の権利を侵害したり、不利益を与えたりはしていないのである。

第四、被告の主張に対する原告の認否と反ばく

一、被告主張事実のうち同年度分の帳簿書類中一月と二月の分がないこと、金銭出納帳の記帳の仕方が正規の簿記方式によつたものでないことは認める。

二、本件課税処分は不合理な推計方法によつており、違法である。

1  原告は、本件店舗において洋品雑貨商を営業するに至つたのは同三〇年か三一年頃からであり、しかも間口一間半、奥行き一間半の店舗で、当初は原告本人とその娘の二人で極めて零細な規模においてはじめたものにすぎない。その営業品目も当初は半切れ(服地)、子供服、下着類のうち半切れの販売を主とするもので一般的な洋品雑貨店の概念とは程遠いものがあつた。かかる状態において原告の娘、照美は同三二年度の三月分から、金銭出納帳の記帳をはじめた。同女は特別の経理上の知識を有するものではないが、右記帳は毎日の売上げ高、雑収入、仕入れ高、経費、その他の出金に類別されており、生活費や、借金の返済等はその他の項目において処理され、経費はその内容を明らかにして記帳されており、営業関係と家事関係とが混乱しないように配慮されている。

乙一号証ないし三号証までの書類はすべて右記帳にもとづいて作成されたもので確定申告から審査請求に至る過程で計算違いによる僅少の誤差を生じたものの、それ自身としては、被告としても争うことのできないものである。

ところが、被告は格別の合理的理由なく、原告による金銭出納帳の記載が不正確であるとの推測のみにより右記帳を全く無視して所得金額について推計をなしうるとした。この唯一の具体的根拠として被告は、マルハ産業へ現金三〇、〇〇〇円の支払をしているのに、その記帳がないというが、これは被告の見落しであり記帳されている(甲二号証)。又、この点についての村上証言もせいぜい一箇月に四〇〇円ないし、五〇〇円位の記帳の不備があることを指摘することができるだけである。

所得金額又は損失の額を推計する場合にも右推計の方法は合理的であり、かつその推計方式よりもさらに合理的な推計方式が存在しないか、又はこれを執りえない事情のあることが必要である。

本件において、記帳方式が未熟である以外には格別の過誤を認められない金銭出納帳の記載をこれが不正確であるとの事実にもとづかない憶測により全く無視して推計を行うことの不当性についてはいうまでもない。この点について右金銭出納帳によつて算出された原告主張の一般経費の金額と、被告提出にかかる同三二年分営業庶業等所得標準率表(乙五号証)による洋品雑貨営業の標準経費率により計算した一般経費の金額(売上金額を三二七万円として計算)を式に対照してみる。

<省略>

これによれば、誤記であることが明らかな確定申告のさいの消耗品質の記載を除外するなら、再調査請求ならびに審査請求のさいの原告の経費額の主張は、被告の主張する標準率による金額を大きく下回つていることが明らかとなる。原告による記帳が極めて控え目にいわゆる水増しなしになされていることは右の点からも明らかである。原告が金銭出納帳の記載にもとづいて主張する所得金額を否定するに足る合理的理由は存在しない。被告の推計は原則として原告の記帳にもとづきながら、右記帳の不備を訂正し、不合理な主張を排斥する仕方において実施されるべきであつて、まずこの点において被告の推計課税は、その方法を誤まつたもので違法である。

2  次に、被告はいわゆる標準率表にもとづいて推計課税を行つているが、本件において標準率なるものを機械的に適用することは誤まりである。

売上高の在庫高との効率(六、四)にしても標準表自体加算減算割合(十)三九、(一)二八を認めており、地域、規模により著しい格差のあることが認められている(乙四号証)。とくに所得率二〇%については非常に問題である。多田証人は所得率は地域差、規模差によつて変動がないということで定められているといつているように、右二〇%は洋品雑貨営業について一応の基準となる数字ではありえても個々の具体的事情は全く捨象されているのであつて本件の推計の基礎にこの極めて抽象的一般的な数字を機械的に適用することは実に乱暴であり、誤まつている。

原告は当時商売不慣れのため、大きな割合の見切品を出し甚大な損害を受けたのであつて、こうした事情を無視することは許されない。

アーケードについては、分担金の支出の都度、これを経費として処理することは当然である。

3  被告は原告が同三二年度の損益、計算書(乙一号証)の消耗品費の金額二〇一、九〇五円が誤記であり、四九、四四〇円であると訂正したことをとらえ、原告がその所得金額の主張を変更するか、もしくは所得金額が金五三二、五七六円であると自認したかのように主張するがこれは歪曲も甚たしいものである。

原告は税務上の知識に乏しかつたため、損益計算書(乙一号証)の記載はそれ以後再調査請求書(乙二号証)審査請求書(乙三号証)によりその都度訂正されたのであつて、収入、経費の内訳ならびに所得金額は審査請求書(乙三号証)記載のものが正しいのである。したがつて損益計算書(乙一号証)の経費欄に消耗品費として過大な数字が記載されていたのは他の項目に記載されるべきものを誤まつて含めていた結果であり、全体としての所得金額に影響を及ぼす性質のものでは全くないのである。

4  被告が主張している、係争年度分の帳簿書類不所持としての一、二、一一、一二月分の内、一一月、一二月分に関しては、全然保存されていなかつた、とあるは、まちがいである。

原告は今日においても所持している。仕入関係書類も又、同じである。したがつて、公表されていない業種別標準率表、効率表等による所得計算は認め難い。

5  被告が、第一準備書面により算出している所得金額は五七六、九七九円であり、九月二二日付答弁要旨の原告と被告側との所得税額の差三五、四〇〇円を認める、とあるのと、矛盾する。このことは被告の所得算出の基礎がひどくあいまいであることを証明し、ひいては、審査決定所得額四九二、六〇〇円そのものを自ら否定するものであると、かんがえる。

6  原告は、上着類六〇パーセント、下着類四〇パーセントの商品を販売する、洋品雑貨の小売商である。特に季節によつて大幅に影響される業種である。したがつて、季節はずれの売の残り商品を棚卸分として、大幅に翌年に持ちこすことになるが、被告はこの棚卸商品の性格を全然考慮せず、中心的争点とみなされる売上高算出の基礎として使用し、公表されていない業種別効率表等をもつて、所得を決定している。

7  原告は、棚卸高数値はすべて仕入原価により算出しているが、翌年に持ちこされた上着類の小売価格は、当該年度の比ではなく、流行おくれ等の事由により、原価を大幅に割つているのが実情である。したがつて、売上高算出のための基礎として、棚卸高数値を使用することも、この際信憑性はかなりうすいとみられなければならない。

8  更に原告は同二九年より、初めて小売商を営む、素人の業者であり、長年営業を積み重ねて来た一般小売業者と同等に扱われることは認めがたい。被告は、原告の営業地を住吉商店街に属する繁華街と云つているが、今日においても、原告は電話、テレドを持つておらず、住吉商店街三〇軒余りの業者の内、同系統の業種が六軒あり、営業にはかなりの競争を伴う。

9  その他、当此花区は従来より比較的低所得者層の街として見られており、購売力は低く、利益率等も低率であり、公表されていない業種別標準率表をいちがいにあてはめて、正しい数値が現れて来るとは、おおよそ考えられない、以上の事由により被告側が主張する所得金額は、原告の実情をかえり見ない不当なものである。

第五、証拠

(原告)

甲一、二号証を提出。証人徳田照美、同綱野敏太郎および原告本人の各尋問を求める。乙四、五、九、一〇号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認める。

(被告)

乙一ないし六号証、同八号証の一、二、同九、一〇号証、同一一号証の一、二、同一二号証、同一三号証の一ないし三、同一四、一五号証を提出。証人村上弘、同多田稔、同田辺平次郎、同浜常一の各尋問を求める。甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

1  原告の営業とその規模などについて

成立に争いのない乙六号証に証人徳田照美、同村上弘同綱野敏太郎の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

原告は、同三〇年五月頃義兄である綱野敏太郎を頼つて田舎から上阪し、肩書住居である敏太郎の二階建家屋の階下半分を借り受け、四畳半に長女照美(同三二年当時一九歳、洋裁学校の生徒)、長男信隆(当時高校生)と共に居住し、間口一間半、奥行き二間の店舗で初めははぎれの小売り、同三二年頃にはメリヤス類、エプロンなどの布帛、ベビー用品などの洋品雑貨衣類の小売り販売業を営むようになつた。右肩書住居兼店舗は四貫島の住吉商店街の中にあり、電車道から四、五軒入つたところで、附近はシヨツピングセンターとなつていて繁華街であつた。同三二年に右営業に従事したのは原告、雇人出口信子(当時一六歳)、原告の長女照美(店番の手伝いと金銭出納帳の記帳)の三名であり、同年末には多忙な一週間位の間小島スミ子(当時一五歳)、児玉洋子(当時一三歳)および綱野みね子(当時三二歳)をアルバイトとして雇つた。金銭出納帳の記帳は毎日閉店後に一回現金の出入りを集計して大学ノートに記帳するやり方であつた。売上げは殆んど現金売上げで、仕入れも一部小切手であつたが殆んど大部分が現金仕入れであつた。原告一家の生活費は毎月一回にまとめて営業資金から生活資金に振り当てるような方法を採らず、売上げ金の中から必要の都度取り出して支出し、営業上の費用と生活費とを区別していなかつた。記帳は原告が夜になつて売上げ金の現金を数えて、支出はその日の記憶をたどつて照美に記帳せしめるという方法であつた。

同年度の一、二月分については、金銭出納帳の記帳がないことは、当事者間に争いがない。

2  被告の推計とその方法について

イ、成立に争いのない乙一ないし三号証によると、原告の確定申告、再調査請求および審査請求の三度にわたつて提出した同年度の収支計算書の各項目及びたな卸資産表の金額が被告主張のとおりであつて、それぞれ異つていることが認められる。

ロ、成立に争いのない乙一一号証の一、二、一二ないし一五号証証人浜常一の証言により成立を認める同一〇号証に証人村上弘、徳田照美、綱野敏太郎、浜常一の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、つぎの事実を認めることができる。

原告は右収支計算書の基礎となる資料としては、同年三月から一二月までの前記金銭出納帳、同年三月から一〇月までの仕入れ先の納品書、請求書、領収書の一部と電灯料金の領収書の一部だけしか調査にあたつた被告の係官に提示できなかつた。被告係官が原告の取引先の住友銀行四貫島支店の当座預金を調査したところ、右金銭出納帳は現金の出入りだけではなく当座預金の出入りも一緒に記載されていて、しかも金銭出納帳と当座預金の残高が一致せず、当座預金の残高の方が多かつた。右金銭出納帳には一日の支払いを一つにまとめて記載してあり、支払いにつきその相手方、費目等の明組が判明せず、当座預金の小切手の支払いとつき合わせても一致せず、前記三月から一〇月までの仕入れ先の納品書、請求書、領収書、合計一、七〇〇、〇〇〇円ともつき合わせることができなかつた。一二月五日にはマルハ産業株式会社に三〇、〇〇〇円を支払つているのに金銭出納帳にその記載がなかつた。三月二二日には小切手の支払いが三三、六〇〇円あるのに金銭出納帳に支払いは二四、二七五円と記載されていた。

以上の事実が認められる。

ハ、そうすると金銭出納帳の記載は信用できず、他に確実な資料がないのであるから、原告の所得を実額で算出して課税することができないことは明らかである。従つて被告が審査決定にあたり原告の所得金額を推計によつて算出することはやむをえないところである。またその推計の方法として後記のとおり平均在庫高に効率(回軽率)を乗じて売上げ高を算出し、標準所得率によつて所得を算出する方法をとつたことは妥当であつたというべきである。

3  被告推計額の当否について

(イ)  平均在度高

前記のとおり原告が確定申告、再調査請求および審査請求にあたり添付した収支計算書及びたな卸資産表に記載のたな卸しに関する評価金額は区々であるので、そのうち期首及び期末の最少たな卸し高の算術平均額を推計の基礎たる同三二年度の平均在度高とすることは相当と考えられるところ右最少平均たな卸し高は五五九、七七三円であることは計数上明らかである。

(ロ)  売上げ高

証人多田稔の証言およびこれによつて成立を認める乙四号証を綜合すると、被告主張の効率表が存在し、右効率表は被告主張の如き方法で作成せられた三都市における事業規模従事者二乃至四人在庫五〇〇、〇〇〇円乃至一、〇〇〇、〇〇〇円の洋品雑貨の小売りに関するものであることが認められる。右認定の事実によると特段の事情のない限り売上げ高が明確でない場合は、右効率(六、四)により所得推計の基礎となる売上げ高を推計することは相当であると認められる。

そして右効率表によることを不合理とするような事情の認められない原告の同年度の売上げ高を右効率を〇、四低減した六、〇を用いて計算し、三、三五八、六三八円とした本件審査決定は妥当である。

(ハ)  所得金額(特別経費を除いていないもの)

証人多田稔の証言およびこれによつて成立を認める乙五号証を綜合すると、被告主張の所得標準率表が存在し、右標準率表は被告主張の如き方法で作成せられた洋品雑貨の小売りに関するものであることが認められる。右認定の事実によると特段の事情のない限り仕入れ額及び一般経費が明確でない場合は同表の差益率(二〇%)により差益を推計するのは相当であると認められる。

(ロ)の売上げ高を基礎として右標準率によつて計算すると金額は六七一、七二七円六〇銭となるところ、被告は本件審査決定にあたり所得率を低減して一九%とし同年度の原告の所得金額を六三八、一三四円としているが、右標準率によることを不合理とするような事情が認められないから、右推計は妥当である。

(ニ)  特別経費

(A) 雇人費

原告は一二八、五〇〇円と主張するがその内容明細について具体的主張立証がない。

前記乙六、一一号証によると(1)出口信子に毎月給料として六、〇〇〇円計七二、〇〇〇円(2)同女の帰省に際し帰省費用として六、五〇〇円二回計一三、五〇〇円(3)年末アルバイトの小島スミ子、児玉洋子、綱野みね子に各四、五〇〇円計、一三、五〇〇円を言うものと考えられるが、全部そのとおりとしても合計九九、〇〇〇円に過ぎない。しかも、(1)の給料について証人徳田照美の証言中には、出口信子は同年春に中学を卒業して勤め始めた旨および給料は四、〇〇〇円位しか払つていなかつた旨の供述があり、他に七二、〇〇〇円の支払いを認めるに足る証拠がない。(3)のアルバイト賃金について右乙一一号証には一人一、五〇〇円計四、五〇〇円の支払いの記載があるのみであつて、これまたはたして一三、五〇〇円の支払いをしたことが疑わしい。

前認定の原告の営業規模などから考えると、原告の同年度の雇人費として被告が九二、〇〇〇円控除したことは相当と認めざるを得ない。

(B) 家賃

原告は綱野敏太郎に対して毎月家賃として五、〇〇〇円支払つたと主張し、これに添う乙一一号証の記載および証人綱野敏太郎の証言があるけれども、前認定のとおり敏太郎は原告と義兄の関係にあり証人徳田照美の証言および原告本人尋問の結果によるとこの家賃を下着などの商品で支払つたこともあることが認められ、証人綱野敏太郎の証言によると、同人は同年度の不動産所得として税務署に八五、〇〇〇円と申告しておりこれは同人の家屋の階下の全部の家賃の所得であり、階下は、その二分の一を原告が、その余をたていし某が賃借していたものであることが認められる(原告年額四二、五〇〇円)から、必ずしもそのまま信用することはできない。

しかし、階下半分の住宅部分と店舗部分の割合いを考慮して、被告が本件審査決定において原告主張の家賃額を認め、店舗部分のためその七〇%にあたる四八、〇〇〇円を必要経費と認めて控除することにしたことは相当と考えられる。

(C) 貸倒金

被告は原告の主張どおりを認めているから原告に不利益はない。

(D) アーケード分担金

原告はアーケード分担金は支出の都度これを経費として処理するのが当然であると主張する。

しかしアーケードは商店街における原告の店舗経営のための固定資産と考えるべきであり、損益計算の立場から考えると現金としての資産が右現金を対価として取得された他種の資産に振替えられたものに過ぎず損益には何らの関係もないから、その分担金は資本的支出であつて、これを損金(必要経費)として扱う理由がない。

また完成後の減価償却費ならば必要経費と言うことができるけれども、いまだ完成せず引渡しを受けていないアーケードの分担金は原告の同年度の総収入金額を得るために必要なものということができない。そして証人田辺平次郎の証言とこれによつて成立を認める乙九号証によるとアーケードの竣工は同三三年三月三〇日であつたことが認められる。

従つてこれを同三二年度の経費とする原告の主張は採用できない。

(E) レジスター

原告は特別経費としてレジスター二三〇円を掲げているが、これについては何らの具体的な主張立証がない。

(F) 見切り品

原告は同年度は見切商品が多く出たと主張しているが、具体的な主張立証がない。

また前記効率表および標準所得率表は見切商品の出ることを考慮に入れて作られたものであること証人多田稔の証言によつて明らかである。また本件審査決定に際し被告は右の効率および所得率を同表より低減して適用していること前記のとおりであつてこれによつて見切商品は十分カバーされているものと言わねばならない。

二、そうすると原告の同年度における所得を四九二、六〇四円と認定した本件審査決定は適法であつて、これを違法としてその変更を求める原告の本件訴えは理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 木村輝武 裁判官 白井皓喜)

別表一

金銭出納対照表(被告主張)

<省略>

別表二

普通預金入金表(被告主張)

<省略>

別表三

生活費記帳表(被告主張)

<省略>

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